映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』感想レビュー【2017年ベスト・心に染みる傑作】

2017年5月13日に公開された本作は、第89回アカデミー賞で、主演男優賞・脚本賞をW受賞した。
しかし当時、話題はすっかり6冠を達成した『ラ・ラ・ランド』に持っていかれ、日本ではシネコンでの上映はなく、小さな劇場での公開のみだった。

この年は日本でも大ヒットした『美女と野獣』や『ファンタスティック・ビースト』など数々のビッグタイトルが公開された。
その中でも『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』は本当に最高の映画だったが、個人的に2017年のベストは『マンチェスター・バイ・ザ・シー』だった。

※以下ネタバレを含む感想レビューになります。




物語

兄の突然の死

リー・チャンドラーは、ボストンの街で便利屋として生活している。
しかし誰に対しても無愛想で、新しい出会いも求めてはいないようだ。
挙げ句なんて事のない出来事にも我慢できずに腹を立て、騒ぎまで起こしてしまう。
そんなお世辞にも出来た人間とは言えない彼の元に、突然兄が入院したという知らせが届く。

急ぎ故郷の港町「マンチェスター・バイ・ザ・シー」に向かうが、病院に着くと既に兄のジョーは息を引き取っていた。
ジョーの仕事仲間で、救急車を呼んでくれたジョージが手伝える事はなんでもすると話す。
回想が入り、ジョーはうっ血性心不全を患っていたため、これまでも入退院を繰り返していた事が分かる。
場面が切り替わると、そこではリーとジョーと、その息子のパトリックが3人で海に出ていた。
3人で仲良く釣りをした後リーが帰宅すると、そこには小さな娘3人と体調を崩して寝込む妻ランディの姿が。
冒頭のリーとはまるで別人のように、明るく幸せそうなリーの姿があった。

場面は戻り、パトリックにジョーの訃報を伝えるため会いに行くリー。
そこにいたパトリックは船に乗っていた頃の小さな少年ではなく、既に高校生になっていた。
パトリックはその晩彼女と友達を家に呼び、他愛もない会話をし、いつもと変わりない一日を過ごした。

リーの過去

翌日弁護士の元を訪れジョーの遺言を聞くと、そこには後見人として甥のパトリックの面倒を見るようにと書かれていた
驚き動揺するリーに、弁護士は「君の経験は想像を絶する」と言い、本当に無理なら断る事もできると話す。

場面はリーが家族と暮らしていた頃に戻る。
仲間たちと酔っ払いながら卓球をするリーを、子供を寝かしつけたばかりだと怒るランディ。
全員を帰らせるとしばらくして、リーは酒を買いに家を出る。

しばらくして戻ると、家が燃え、「子供たちがまだ中に」と泣き叫ぶランディの姿があった。
そして消火活動が終わった翌朝、燃え尽きた我が家から3つの遺体袋が運び出された。

警察署へ行き経緯を話すリー。
完全に自身の過失であり、彼は裁かれるべきだと思っていた。
しかし警察は、毎週起こるような誰にでもある事だと話す。
「暖炉のスクリーンの立て忘れは犯罪じゃない」と言い、お咎めなしだった。
やり場のない状態のリーは、警察の銃を奪って自殺を試みるが、それも叶わず終わった。
こうしてリーは故郷を離れ、そして二度と戻るつもりもなかったのだ。

リーの現在

ある日元妻ランディから電話があり、葬儀に参列したいと言う。
それを受け入れ少し話した後、ランディが何かを言おうとしたところでリーは電話を切った。

葬儀に姿を見せたランディには新しい夫がおり、妊娠もしていた。
リーと挨拶を交わすとランディは涙を浮かべ、リーもまた動揺を隠せなかった。

火事の後、子供と妻を失ったリーを心配し、ジョーは引っ越し先のボストンにパトリックを連れて訪れていた。
するとリーの新居には家具がなく、不自由なく生活できるがまるで刑務所のよう。
ジョー断るリーを無理やり連れ出し、殺風景な部屋にソファーを置き、少しはまともな暮らしをしてくれる事を願った。

しかしその後のリーの生活は冒頭に遡る。
ジョーの願いは叶わず、誰とも親しくせず、幸せになってはいけないと自分を戒めるようにただ日々を生きている。

それを分かっていたからかジョーは、本人に無許可でリーをパトリックの後見人にした。
長く時間も経ったし、この町には彼を避ける人だけでなく、親身になって接してくれる人もいる。
仲の良かったパトリックと共に過ごし、辛い過去を乗り越えまた幸せになってほしいと願い。
しかしリーは、大好きだったハズの故郷の海を見て、蘇る辛い記憶に感情を抑えられずにいた。

パトリックの存在

事故の後心を閉ざしたリーは、仲の良かったパトリックともあの頃の様には接する事ができなかった。
しかし彼が父の死を思い出し突然パニックを起こせば寝付くまで側にいて、時に言い争いをしながらも、彼を愛している事に変わりはなかった。
戻りたくない故郷であっても、彼はパトリックのため、この町で暮らす努力をする。
ある日ジョーの残したもので壊れていた船のエンジンを買い替えると、パトリックと彼女と3人で海に出る。
エンジンのかけ方が分からず慌てる彼女とパトリックの後ろ姿を見て、リーは一人笑みを浮かべた。
恐らく事故の後、初めて彼が心から笑った瞬間だろう。

ランディの想い

その後2人を家に送り買い物に出かけたリーは、偶然ランディと出会う。
リーは電話の様に逃げる事はできず、別れた後2人は初めてきちんと言葉を交わす。

ランディはあの事故で心が壊れ、そしてずっと壊れたままだと話す。
しかしあの時あまりにも酷い事を言ったと謝り、もう恨んでいない、そして今でも愛していると泣きながら話す。

彼女に謝られる事も、優しくされる事も、その全てが辛いリーはうまく言葉を返すことができず、涙ながらにその場を逃げるように後にした。
その後酒場に行ったリーは、また何でもない事で騒ぎを起こしてしまう。
そして偶然居合わせたジョージの家で介抱される。
そこでリーは感情が抑えられなくなり涙を流す。

翌朝、料理中居眠りをしてしまったリーは、夢で娘たちに出会う。
「私たち燃えてるの?」と聞かれ否定し目が覚めと、キッチンから煙が出ていた。
慌てて鍋の火を消したリーは頭を抱える。
その晩、ジョージの家に行き話をした。

リーの決断

翌週、リーはパトリックに「7月からボストンで働く」と話す。
ボストンへ引っ越し、彼女や友達と別れる事を嫌がっていたパトリックだが、諦めたようにそれを受け入れる。
しかしリーは、パトリックはジョージの家で養子となると伝える。
そして今の家は人に貸し、18歳になったら好きにして良い、船の事も免許を取ったら話そうと言う。

「逃げるの?」と聞かれ「お前をここに残すためだ」と返すリー。
リーと暮らしたいパトリックは食い下がるが、リーは黙り込んだ後「乗り越えられない」と告げる。
そして「つらすぎる」と言い謝る。
それを聞き涙を流すパトリックを、リーは優しく抱きしめた。

リーの未来

春になると、マンチェスターで便利屋の仕事をするリーの姿があった。
訪問先のお爺さんはジョーを知っていたようで話をする。
愛想よくとはいかないが、ボストンにいた頃に比べればずっと人間らしくそれに対応するリー。

そしてジョージの家に養子に入る正式な手続きをし、ジョーの遺体を埋葬する日がやって来た。
その帰り道、リーとパトリックは拾ったボールを投げ合う。
リーには忘れられない思い出であるジョーとパトリックと共に買ったソファーの事も、パトリックはさっぱり覚えていなかった。
しかしこの甥っ子とは、昔のようになんて事のない幸せな関係を築けるだろう。

リーが大事にしていた、愛する子供たちの写真であろう3つの写真立て。
彼はボストンで、それを毎日眺め自分を戒めてきたのだと思う。
完全に過去を乗り越えて、愛する子供達の写真として見るとはいかないだろう。
しかしこれからはその写真を十字架としてだけでなく、きちんと愛する子供達の写真としても眺められるようになっていくと思う。
そうあってほしいと強く思う。

人はそれほど強くない。
どう頑張っても乗り越えられない過去もある。
それでもリーは、もう下を向いて歩くのはやめ、きっと前を向いて歩いて行けるはずだ。
大好きだった故郷の海の上で、愛する甥とまた楽しそうに釣りをするラストは、そんな希望を感じさせてくれた。

感想

ケイシー・アフレック

評判がまちまちだった為鑑賞するか迷ったが、思い切って劇場に行って正解だった。
当初リー・チャンドラーの役は、この映画のプロデューサーであり企画者のマット・デイモンが演じる予定だったらしいが、鑑賞するとケイシー・アフレックしか考えられないように思う。
スケジュールの都合で親交のあるケイシーに譲った形だが、後のインタビューでマット本人も「彼で正解だった」と話している。

全てを失い人生に絶望しながらも、兄の死に動揺するがそれを見せることなく、パトリックの世話をしなければと彼なりに必死になるリー。
そんなリー・チャンドラーという多くは語らない人物の心情を、ケイシーの表情が完璧に表していた。
オスカーは納得の受賞。

ミシェル・ウィリアムズほか

ランディを演じたミシェル・ウィリアムズは故ヒース・レジャーの婚約者であった。
そんな彼女のリーへの想いの激白は二重に心に来るものがある。

登場シーンは決して多くないが、作品の中でとても大きな存在感があった。
監督のケネス・ロナーガンはランディとリーのシーンを撮影しながら思わず涙を流したというが、あのシーンは本当に素晴らしかった。
助演女優賞のノミネートは当然に思うし、受賞に相応しかったと思う。

その他誰からも愛され頼りになるジョーを演じたカイル・チャンドラーの説得力。
持病や自身の妻にも問題がありながらも、何よりも弟を気にかける優しさが感じられた。

演技経験は多くない10代ながらオーディションで選ばれ、パトリックとしてケイシーとやり合い作品に明るさをもたらしたルーカス・ヘッジズなど、どの役もそれぞれに完璧にハマっていた。

監督ケネス・ロナーガン、総括

「全てを失った男が帰郷し~」という原案を受け脚本を執筆した後、それを読んだマット・デイモンが「彼が撮るべきだ」と思い監督も務める事になったケネス・ロナーガン。
本作は見事アカデミー賞脚本賞を受賞している。

冒頭船で楽しそうな3人の画で始まり、そしてその場面とまるで違う表情を見せるリー。
そこから現在のストーリーで展開していきながら、要所要所で過去の回想シーンが流れる。
明るかったリーがなぜこうなってしまったのかと引き込まれ、そして語られる壮絶な過去。

リーとは対照的に青春を謳歌し人生を楽しむパトリック。
そんな2人の関係性と、出会ってから日々を過ごし、また少しずつ近づいていく距離感。

2時間17分という短くない本編時間だが、マンチェスター・バイ・ザ・シーという町の景観の美しさと、決して暗すぎない笑えるシーンのある本作。
音楽のないシーンも多いが、個人的に観ていて長いとは感じなかった。

ランディの激白に、そしてリーの決断に涙する。
ありきたりなハッピーエンドではなく、かと言って決してバッドエンドでもない。
リーの未来が希望に満ちたものになるわけではないが、それでももうきっと大丈夫だろうと思わせる、余韻の残るあのラストは本当に素晴らしい。

あの出来事が辛すぎて繰り返し何度も観たい映画とは言えないが、ずっと心に残る印象的で大好きな作品。

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